"良い波"とは、人それぞれ。腰から胸のやさしくメローな波を良い波と捉える人もいれば、緊張感に包まれる台風のビッグウェイブこそが良い波という人もいる。価値を判断する基準は各々によって異なるものだから、100人いれば100通りの"良い波"があって、そのすべてが正解となる。
これが"本物の波"となると、話はだいぶ変わる。本物であるためには、その世界に属するトップの人たちが認めるクオリティを必須とする。押しも腰も弱いビーチブレイクを、グローバルな世界で存在しているプロサーファーたちは"本物の波"と呼ばない。ハワイのパイプライン、南アフリカのジェフリーズベイという、エキスパートだからこそライドできる究極の波を、彼らは"本物の波"とする。
このように良い波と本物の波とでは意味そのものが違う。良い波は多く存在する一方で、本物の波は数自体が少ない。そのため後者の価値がサーフシーンにおいて高く認められているのは、とても自然なことなのである。
同じことはブランドについても当てはまる。良いブランドは多いが、シーンを形成できるほどに力を持った本物のブランドは少ない。
カリフォルニア生まれのサーフブランド、ハーレーはそのひとつ。"本物感"をまとったブランドではなく、常にトップの世界で活躍するサーファー、アーティスト、ミュージシャン、スケーターたちをサポートし、シーンの中央から製品やメッセージを発信してきた"本物"なのだ。
そのハーレーが今回、興味深いプロジェクトを展開する。
すでに、アメリカでは各所で展開されてきた。
ハンティントンビーチでのUSオープン開催時(7月20日から28日)には、シルクスクリーンで刷る行程の披露に加え、多くの作品が展示された。
プロジェクトを進行するキュレーター役にはクレッグ・ステシック。
スケートボードで世界を一変させた、あのドッグタウンを内側からドキュメントしてきたフォトジャーナリストであり、映画『ドッグタウン&Zボーイズ』制作時には脚本を手がけた人物。さらにアーティストとしての顔も持つ西海岸カルチャーを語るうえで欠かせない重鎮であるのだから、説得力が違う。
とても手間を要する『プリンティング・プレス』は、便利が悪だというプロジェクトではない。便利なことだけがこの世のすべてではなく、手間のかかる事柄のなかに、魂が宿り、独特な光彩を放つ本物が潜んでいることを伝えるプロジェクトだ。
本物感をまとうブランドにはできない芸当。ハーレーだから手がけられるプロジェクトを目撃すれば、彼らの明確なメッセージを5感で理解することができる。
色鮮やかなポスターが壁面を飾るブースを、多くの人が取り囲む。場所はサーフカルチャーをルーツとする音楽&アート祭、グリーンルームフェスティバルの場内。有料会場入口付近に設けられているため、付近を通る人の足はけっこうな早さだった。
その大半は、お目当てのミュージシャンによるパフォーマンスを目指す人。それでもステージを目指す人の流れから外れ、ブースのなかで起きている事に興味を示した人は少なくなかった。
ブースのなかでおこなわれていたのは、"参加者の手でTシャツにプリントをほどこす"イベント、『プリンティング・プレス』。主催するのはカリフォルニア発のサーフブランド『ハーレー』なのだが・・・・
「ハーレーって、バイクのですか?」
「イベントを主催するブランドを知っていますか?」と質問すると、ブース内を遠巻きに見ていた女性はそう答えた。
「あ、Tシャツつくってる!」
どこからともなく聞こえてきた声もまた、女性のものだった。
確かに『ハーレー』をグーグルなどで検索すると、一番最初に出てくるのは『ハーレーダビッドソン』。しかも場所は、ユルッとした雰囲気を楽しみにする人が集うグリーンルームフェスティバル。サーファーではない人も多く、とくに女性となれば、アクションスポーツブランドの雄『ハーレー』であることを即答するのは難しいのかもしれない。
ただそのためか、イベントに興味を示した女性の割合は想像以上にあった。"Tシャツにプリントを刷る"という行為が、単純に関心を獲得したことが理由といえる。
「グリーンルームフェスティバルという場は、とてもオープンな場です。楽しんでいる来場者はサーファーだけではないですし、『ハーレー』のことを知らない人も多い。そういう前提で何ができるか、と考えました。知らないのだから何をしても良いという考え方もあるでしょう。ただ私たちは、私たちを知らない人との出会いを大切にしたかったのです」
ハーレージャパンの竹中理社長に話を聞くと、上記の光景は期待していたものだったようだ。実際、会場でサポート役に徹していた竹中さんの表情はいつもほころんでいて、参加者との触れ合いをみずから楽しんでいるように思えた。
『プリンティング・プレス』というプロジェクト自体は、昨年アメリカで開催されたもの。結果としてアメリカ国内を点々とツアーするほどに好評を得、大きな期待感をともなって日本に上陸した。
そもそもプリントTシャツは、ボディとなる無地のTシャツに、シルクスクリーンで絵柄をプリントして完成を見る。今では様々なプリントTがお店に並んでいるのが常であり、日常生活のなかにごく普通に存在している。そのため多くのプリントT着用者が、自分のTシャツがどのように制作されるのかを想像することは、きっとない。
だから「シルクスクリーンでプリントを刷るというのは、プリントTシャツの制作行程を思えばわずか最後の行程でしかありません。それでも自分の手で仕上げれば、お金を払って購入するだけのTシャツとは異なる思いが生まれるはずです」と竹中さんのいう思考が『ハーレー』のなかで生まれた。
とてもアナログ的な発想である。便利が快適とされるフワッとしてユルッとした時代に、なぜわざわざ面倒なことをプロジェクトに掲げるのか。『ハーレー』にしても、ナイキ傘下となり、最先端テクノロジーとマテリアルを各アイテムに応用できる立場にある。その結果として誕生したボードショーツのファントムシリーズは、驚くほどの伸縮性と軽量設計からトップサーファーにも愛用されるロングセラーアイテムになっている。
この問いに「最先端であることは『ハーレー』の一側面でしかない」と竹中さんは言い、「カルチャーをサポートすることは使命」なのだと説明した
つまり、サーフ用のハイテクギアを生み出すブランドという顔と、長くサーフィンの文化と寄り添うブランドという顔。どちらかひとつに重きを置くのではなく、両者にバランス良くアプローチする。それが『ハーレー』というブランドということだ。
実際にサーフする人だけではなく、サーフはしないけれどカルチャー好き、海好きという人ともコンタクトしたい。そうした思いは『プリンティング・プレス』が担うひとつの目標であり、だからこそ、『ハーレー』を知らない女性が、Tシャツのボディにプリントを刷る行為を純粋に楽しんでいる姿は、何より嬉しい光景だったといえる。
同じタイミングで開催された、マークイズみなとみらい内のRHCロンハーマンでも列が途切れることがなかった。そうしたなか、ひとりの女性が今回キュレーター役として来日したクレッグ・スティックを見つけると、遠慮がちに近寄り、購入したポスターへのサインをお願いした。同イベントで販売されていたそれは、クレッグが描いたアートをポスターとしたモノである。
彼女がとてもクレッグのことを知っていたとは思えなかった。スケートやアートに造詣の深いクレッグは、アメリカ西海岸カルチャーを語る上で忘れてはならない重鎮。あの伝説のスケートチーム、ドッグタウン&Zボーイズを内側からドキュメントした人物としても知られる。
さらに『ハーレー』との付き合いはブランド誕生時からと長い。そもそもの縁はブランドを立ち上げたボブ・ハーレーとの私的な関係だが、『ハーレー』は個人の個性を大切にするブランド。クレッグの成し得た輝かしいキャリアはスケートボード界だけでなく、カバーするシーンすべてに重要だと捉えている
そこでポスターを手にしていた彼女である。このようにクレッグとは、ゴリゴリの男性社会を生きてきた人。佇まいにボードカルチャーの匂いのしない女性がなぜ興味を示すのか。
そこで「クレッグを知っているんですか?」と聞いてみた。すると「主人が大ファンなんです」と答え、続けて「写真もお願いしていいですか?」と再び遠慮がちに質問した後、急ぎ足でパートナーを探しにいった。
状況を説明するとクレッグは「素晴らしい女性だ」と破顔して、しばらく後に姿を見せたふたりと一緒にファインダーにおさまった。クレッグを好きだというその彼は、Tシャツからのぞく腕全体にタトゥをほどこしていた。そして、彼のような人たちにあふれるイベントになるのではないか、というのが取材前に想像していた光景だった。
クレッグや、ともに来日したタトゥー・アーティストのベン・グリロ(=カリフォルニアのオーシャンサイドでサーフやスケートをしながら、タトゥの彫師を仕事にするという、とても『ハーレー』的な人物)を理由に来場した人から、何やら楽しげな雰囲気に誘われて足を向けた人まで。まさしく多彩な人がひとつの場に集った『プリンティング・プレス』。
刷り上がったTシャツを手に、自分の手でTシャツを完成させた喜びを浮かべる参加者の顔と、すべてを終え撤収するスタッフの満たされた表情。それらを見ると、充実した時が流れたのだと教えてくれる。
そして同様の光景があったアメリカではプロジェクトが拡大したように、日本でも夏を目安に新しい展開を考え始めている。ツアーという形式で国内各地を点々としたり、今回とは異なるゲストを日本に呼んだりと、様々なアイデアが出されている現在。詳細は決定次第、『ハーレー』のホームページなどで発表する予定になっている。
今回の機会をミスしてしまった人には、次の機会への参加をすすめてみたい。なぜなら、きっと思っている以上に楽しい時間を過ごせるだろうと、今回の『プリンティング・プレス』を目撃して確信しているから。手を汚してプリントを刷り、愛着ある1枚をクローゼットに並べる。そのような体験は『プリンティング・プレス』を逃すとそうそう得ることはできないから、である。