3日前、僕は日光の鳴虫山を歩いていた。これを機に、僕は山歩きを習慣化させたいと考えているのだが、家でゴロゴロ過ごすのと山歩きとを天秤にかけた場合、バタンバタンと上下しそうで危うい。現段階で僕の気持ちを傾かせるには、馬で言うニンジンをぶら下げる必要があるようだ。
日光では、山を歩き終わってからも観光のご褒美が付いてきて、楽しい1日を過ごせた。それと同レベルで観光地を目指したい場合、僕の中で真っ先に思いつくのが箱根だ。それは、小学生の頃、林間学校で行った先が日光と箱根だったのも理由のひとつだが、なにより、子供の頃に行った少ない家族旅行の先も箱根だった。先日、日光の街を歩いていて、なにより心を癒したのはノスタルジックな雰囲気であり、それに浸るには箱根が最適である。
その箱根と言えば金太郎でおなじみの金時山が有名だが、今回目指す山は、その金時山から連なる明神ヶ岳と明星ヶ岳に決めた。調べをはじめてすぐ、僕はこれら二つの山を(名前も似ていたので)すっかり同じ山だと信じ込んでいた。しかし、箱根の明○ヶ岳は二つ存在し、ひとつは“神”、もうひとつは“星”だと知った。さらに調べを進めると、この二つのピークは1時間ちょっとで行き来できる距離だそうだ。それならば、これら二つの山を合わせて登ってしまえと計画を立てた。ガイドブックを頼りに本と違うルートを計画するのは、山行5回目にして初めての試み。自分の考えたルートで山歩きしようなんて、想像しただけで楽しくなってくる。(あとで、このルートは定番コースと知るのだが、この時点ではオリジナルコースを計画出来た自分に大満足だ)
まずは、最乗寺というお寺が今回のスタート地点。ここまでは、電車とバスを利用して辿り着いた。
境内に入り登山口を探す。しかし、すぐには見つからなくて10分ほど境内を彷徨ってしまった。その結果、ほどよく体も暖まって山登りがスタート。最初は薄暗い雑木林で、石がゴロゴロころがっている山道が続く。登山道の脇には、時折錆び付いたリフト用の鉄塔が立っており(昔は賑わっていたのだろうか?)、周辺の静寂さとは、えらい違いだった。その後、見晴らしの良い斜面へと出て(この斜面ではハエだかアブだかが、しつこく並走してきた)、再び雑木林の中に入る。しばらく登ってからT字路を右に進めば、最初のピーク明神ヶ岳に到着。広々とした山頂。ここからの見晴らしは僕の少ない山行の中でも最高の眺めだった。
ここで軽い食事を取った後、次の目的地、明星ヶ岳へ向け出発。その登山道は非常に歩き易く、緩やかなアップダウンを繰り返した。強羅への分岐を過ぎ、少し登った先が明星ヶ岳。その山頂は(ガイドブックにも書いてあったが)山道の途中にあって、背の高い草木に囲まれた、なんとも地味な頂である。
そして、ここから下山を開始する。来た道を少し戻って、分岐を強羅方面へと下る。5分ほど歩けば展望の開けた場所があって、その目の前の斜面は大きく草が刈り込まれていた。ここは箱根の大文字焼き“大”の部分だそうだ。すると、遠い昔に大文字焼きを見た記憶がよみがえる。幼かった僕は人ごみの中で、山腹に揺れる“大”の炎(文字)を見つめていた。僕が今立っていたのは、当時の僕が見ていた、まさにその場所だった。今度は僕が大文字の炎になった気分で街を見下ろしてみる。ここからは強羅の街が一望出来た。あの時の僕はどこから眺めていたのだろう・・・
この場を後にして、再び下山を開始する。まずは、背の高い笹に囲まれた道から、岩がゴロゴロと転がったV字の下りへと変化し、これがジグザグに続いて一気に高度を下げる。そして、街へと戻ってきた。僕は最寄りの強羅駅を目指して国道沿いを歩く。しばらくして、僕が駅と反対方向へ歩いている事に気付く。そのとき、ある看板が目に飛び込んできて、僕の中のスイッチが切り替わった。
「そうだ、温泉に入ろう。これが箱根での正しい山歩きだ。」
そう自分に言い聞かせ、僕は看板に従って日帰り温泉へと歩き出した。
僕は体もポカポカに温まって強羅駅を目指す。駅までのショートカットは、国道から人ひとりが通れる程度の細い急階段だった。それは今日一番の辛い登りで、せっかく洗い流した汗も、再び吹き出してくる。その階段を上りきると、目の前に強羅駅があった。
観光地の山行を終え、僕は(狙い通り)達成感と充実感で満たされていた。それと同時に別の気持ちが湧き出てくる。
「純粋に山を楽しみたい・・・ハイカー達が好む山らしい場所を目指そう。」
いよいよ、次のステップへの準備が整った気がした。