先日、パタゴニアに勤める知人から連絡があり、12月12日の木曜日、渋谷にあるストアのパタゴニア サーフ東京に行ってきた。
パタゴニアが定期的に展開しているストア・イベントがその夜に開催されるためで、WORN WEAR PARTYとする今回は新作の映像も見られるという。映像はパタゴニアと一緒に多くの作品を手がけてきたプロサーファーで映像作家のキース・マロイらマロイ兄弟によるもの。テーマはもちろん“WORN WEAR”。直訳すれば“着られたウエア”で、古着にまつわる内容ということだった。
古着。それこそ四十男の身としては、学生時代は普通に手にしていたモノ。新品より安かったし、「味のある年代モノがカッコイイ」という価値観にも乗って、古着屋をめぐっては、お宝を探すようにたくさんの商品を掘り返し、お気に入りのモノを探したりしていた。
対して今とはファストファッションの方が何かとコストパフォーマンスのいい時代。新しく、値段的にも安い。デザインだってそこそこ。お店も多いから探す手間が省けて、時間的なコスパもいい。いろいろと節約できるから、一点豪華主義で高価なアウターに手を出せる、なんていうこともできる。
リーバイスの501XXといった年代モノにしても、同モデルをモチーフにした新品がいろんなブランドからたくさん出ているから、“リーバイスの501XX”という物語にそれほどの興味を覚えない場合は、デザインが気に入っているだけなどといった理由から新品を選ぶことにもなる。
そうして、ますますクローゼットから古着が消えていく。
ところが、この夜のパタゴニアで耳にした古着は、そもそもの捉え方が違った。「着古したアイテムでも、修理をして大切に着ていきましょう」「すでに着用していないアイテムがあるなら、他の人と交換しましょう」という姿勢を率先してすすめる、とてもウエアを扱う営利企業とは思えない内容なのだ。
ウエアブランドと思えない姿勢は、2011年にも見られた。11月25日付けのニューヨークタイムス紙に“DON’T BUY THIS JACKET(このジャケットを買わないで)”という内容の広告を掲載。ブラック・フライデーを意識したタイミングでの広告に、当時は大きな反響を呼んだことを覚えている。
このブラック・フライデー、パタゴニアの知人は「企業が赤字から黒字に転じる金曜日だから、そう呼ばれているんです」と教えてくれた。
いわく、アメリカの祝日に感謝祭という日が11月の第4木曜日にあり、翌金曜日がブラック・フライデー。この日には感謝祭向けプレゼントの売れ残り一掃セールがおこなわれ、あまりに売り上げることから、その日まで赤字だった企業が黒字に転じるとまでいわれている、というものだ。
利益を追求する企業としては絶好となるタイミングで“DON’T BUY THIS JACKET”! 「なに考えてんの?」という思いを持つ人がいたと予想される一方、「なんともパタゴニアらしい」という思いを持った人もいた広告だった。
「らしい」というのは、「最高の製品をつくり、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する(『レスポンシブル・カンパニー』(ダイヤモンド社)より)」ことを企業の理念にしているため。「セールの雰囲気にあおられて不必要なモノを買う必要はないと思いませんか?」というメッセージを、広告を通じて発したためだ。
そして2013年は“WORN WEAR”というメッセージ。さらに“BETTER THAN NEW(新品よりもずっといい)”というキャッチコピーに関しては、広告をニューヨークタイムス紙に9月10日付けで出した。その日はファッションウィークの真っ最中。きらびやかな最新ファッションが大都市ニューヨークを包み込むタイミングというのも、パタゴニアらしい印象を受ける。
「パタゴニアのビジネス規模は非常に小さいものです。ただ、先駆者としての誇りはあります。弊社の視察後に、ナイキさんがオーガニックコットンを使用したことがありました。たとえ取り扱う全製品の数パーセントであっても、全世界での使用となれば総量は非常に大きい。大企業は何かしらの変更を決断するにあたっては慎重に慎重を重ねますから、パタゴニアがそうした企業に判断材料を与えられる存在になることができれば嬉しいですね(知人談)」
オーガニックコットンに関して、随分と前に使用を決めたパタゴニアだが、スペインで生まれたブランドのトゥーサーズ創設者にインタビューをした際、彼も「コットン畑をめぐる環境は劣悪だ」といっていた。
彼、ルッツ・シュウィンケは元々国連研究員。研究員時代に訪れたアジアにあるコットン畑で、劇薬の農薬を素手で取り扱い、肌が大きくただれてしまった農夫の姿を数多く見てきたという。そうした背景から、トゥーサーズではオーガニックコットン、使われずに工場に眠っていたままのデッドストック生地を使い、ブランド展開をスタートさせた。農薬がまかれる環境と、コットン畑で従事する農夫への、悪しき影響を小さくするためだ。
もしファストファッションの全商品がオーガニックコットンによるものになれば、世界は大きく変わる。自然環境への負担は減り、労働環境も改善されて労働者への負担も減る。パタゴニアの知人とルッツはそのような話もしていた。
そして、“WORN WEAR”。
元々は、キース・マロイが長年使用してきたサーフギアにインスピレーションを得た取り組みで、着古した愛着あるパタゴニア製品にまつわる物語を共有するために設けた場所のこと。基本はオンラインでの展開らしく、この日の夜は、どこか特別な1日だったらしい。
実際のイベントでは、映像の上映後、来場者の一般パタゴニアフリーク数人が進行役のスタッフに促されて“愛着あるパタゴニア告白”をおこない、引き続き、要修理のウエア受付と、来場者が持参した不要となったウエア同士の交換会がおこなわれた。
渋谷のストアに足を運んだ来場者は40名あまり。とてもとても小さな集い、ではある。でも、とても小さくても、みんなが楽しそうに愛用品について言葉を交わしたり、さらには、その愛用品を着て出かけていくアウトドアフィールドの情報を交換する様子は、なんだか暖かい雰囲気に包まれていた。
たぶん理由は、みんな好きなことにまっすぐで、同じような思いを共有している人たちだから。そんな光景を見ていると、愛情を注げる何かを身近に持っていることって、きっと幸せな時間につながるんだな、とも思えてきた。
●WORN WEAR(着ることについてのストーリー)
●BETTER THAN NEW(新品よりもずっといい)
●DON’T BUY THIS JACKET(このジャケットを買わないで)